美味求真

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美味求真

1925年出版の「美味求真」を通して
「食」を文化,哲学,歴史,人類学などの
様々な分野から考察します。



美味求真について



『美味求真』は、かつて衆議院議員を務め、美食家としても知られた 木下謙次郎が、1925年(大正14年)に出版した書籍です。 かつてはベストセラーとして広く知られていた本でしたが、原文は文語体で書かれているので現代人には少し読みにくい書物です。 本サイトでは『美味求真』を現代語訳し、理解しやすいように註釈を付けて公開しております。


 「リンク」のように色のついたリンクは出典先になっています。また「リンク」のようにグレイでハイライトされているリンク先は、注釈になっています。


更新註釈記事



北条時頼

北条時頼は鎌倉幕府執権を務めた人物です。兼好法師の記した徒然草のふたつの段で、北条時頼に関する飲食にまつわるエピソードが取り上げられています。徒然草から北条時頼が、どのようなものを食べ、どのように酒を飲んでいたのかを探ります。

帆足万里

江戸時代の後半に、帆足万里は日出藩の家老として活躍した人物です。『美味求真』の著者・木下謙次郎との関係を紐解くとともに、木下家でスッポンに舌鼓を打った親しい関係について語ります。

川端道喜

川端道喜は500年以上の歴史のある和菓子店です。粽(ちまき)が特に有名ですが、今回は川端道喜の歴史を掘り下げて語ります。利休との関係や、明智光秀とのつながりを説明しています。

ルクッルス

ローマの執政官、政治家でもあったルクッルスは豪華で贅沢な食事をしていた人物として有名です。現代でも豪華な食事のことはルクッルス式と言われているぐらいです。ルクッルスの食事がどのようなものだったのか?またなぜそんなに贅沢な食事をしていたのかを説明しています。

高橋宗直

高橋宗直は、江戸時代に日々の天皇の料理を準備する御厨子所で「預」という役職を数百年に渡って世襲した高橋家に生まれ、料理を含め、様々な有職故実に通じた人物です。

高橋朝臣

磐鹿六雁命の子孫である高橋朝臣は、内膳司という役割を与えられて、天皇の食事を司る役割を果たしてきました。この一族からは聖徳太子の妻となった菩岐々美郎女という女性もいて、大変位の高い一族です。

磐鹿六雁命

磐鹿六雁命は料理の神様として祀られている伝説的な人物です。景行天皇に白蛤を膾にして献上したところ大変に気に入られ、お褒めの言葉を賜ったとあります。

豊宇気比売神

豊宇気比売神は、『古事記』のなかで稚産霊の娘として登場する神です。トヨウケという神名に含まれている「ウケ」は食物のことで、食物・穀物を司る女神であることを示しています。この記事では食と宇気比売神の関係を探ります。

大宜津比売神

大気都比売神(オオゲツヒメ)は、スサノオノミコトに殺されてしまった。すると、殺されたオオゲツヒメの頭に蚕がなり、二つの目に稲種がなり、二つの耳に粟がなり、鼻に小豆がなり、陰部に麦がなり、尻に大豆がなった。

坪内

織田信長に関係したエピソードの中に、坪内某という料理人が登場する。この坪内が実在の人物であったのかどうかについては定かではないが、信長についての面白いエピソードではあることは間違いない。よって、ここでは坪内が実際に存在したのか、さらにはこのエピソードが事実なのかも含めて少し分析してみることにしたい。

佐々木盛綱

佐々木盛綱が鮭の楚割を頼朝に贈ると、頼朝はそれを非常に美味であるとして喜んだことが記録されている。

何曾

何曾は三国志の時代の後、晋の宰相を務めた人物で、奢侈を極めた美食家としても記録されている人物です。何曾は食に対するこだわりが強かったようで、衣食住の豪奢は「王者を過ぐる」と記録されていて、自分でも一日の食費に一万銭を費やしても「箸を下ろすところがない(食べるものがない)」とまで言っているくらいです。

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