世界最古のレシピとして紀元前17世紀の粘土板が残されている。これらはアッカド語によって書かれており、この時代のハンムラビ法典と同じく楔形文字で記されている。他に残されている何千もの粘土板の記録から、食品種類のリストや、労働者や兵士への支払い、食料の配送と出荷を記録が読み取れるため、そこから標準的なメソポタミアの食事のかなり正確な様子を理解することが出来る。

 肉類では牛肉、子羊、山羊、豚肉、鹿、鶏が食べられており、鳥は肉と卵の両方が食されている。魚類はカメや甲殻類が食べられている。野菜や果物は、古代近東料理に不可欠であった。よってこの当時から棗やし、リンゴ、イチジク、ザクロ、ブドウなどの様々な果物が食べられてている。また根菜類、球根、トリュフ、キノコも収穫し食卓で提供されていた。

 調味料は、塩、様々なハーブが用いられ、食材にフレーバーを添えていた。また甘味料は、蜂蜜、棗やし、葡萄酒、レーズンが使用されていた。牛乳、澄ましバターおよび脂肪が動物性オイルとして、さらに植物性オイルとしてはゴマ、アマニ油およびオリーブ油が調理に使用されていたことが記されている。

 かなりの種類のパンについても言及されている。記録では、労働者に割り当てられる低品質の大麦のパンから、宮殿で供される金型に入れられて焼かれた、甘くスパイスを効かせた高級なパンまで幅広く記録されている。

 紀元前3000年頃から大麦を砕いて発酵させたビールは一般的な飲み物だった。しかしメソポタミア北部で栽培された葡萄から作られるワインはまだ非常に高価であり、王家や豊かな人々だけが飲んでいた。

 

「シチューのレシピ25種類」
古代バビロニア時代のレシピ:粘土板(紀元前1750頃)

 

 上記の写真は、こうした数多くの粘土板に含まれていたレシピの記録である。これは現在、イェール大学図書館に所蔵されている。25種類のシチューのレシピが記されており、21種類は肉のシチュー、そして4種類は野菜のシチューである。レシピには必要な食材と、調理手順は記載されているが、分量や加熱時間などが記されていないので、経験のあるシェフのための記録ではないかと思われる。

 

「7つのレシピ」
古代バビロニア時代のレシピ:粘土板(紀元前1750頃)

 

 上記の写真は、7種類のレシピが記された粘土板で、同じく紀元前1750頃のものである。粘土板は所々傷んでおり、2番目のレシピの名前は失われてしまっている。これはヤマウズラのような小鳥の料理だろう。

 ・鳥の足と頭を取り除く。
 ・鳥を割いて、砂嚢と内臓を取りだして綺麗に掃除をする。
 ・砂嚢には切り目をいれて、皮をむく。
 ・鳥を濯いで、内臓を細かく刻む。
 ・鍋を準備して、火にかける前に、鳥肉、砂嚢、内臓を入れておく。
 ・鍋を火から下ろしたら、中身に水を注いで洗う。
 ・大鍋の中にミルクを煮詰めたものを加えて火にかける。
 ・鍋から鳥を取りだし、水気を拭う。
 ・食用に適さない部分をカットして、塩をふり、大鍋で合わせる。
 ・脂肪を入れ、香木とヘンルーダの葉を加える。
 ・煮立ったら、玉葱、サミドゥ、ポロネギ、にんにくを加える
 ・煮込んだ肉を取り出し、皿に伸ばして焼いたパンの上に載せ、小さなパンを散らした上で、上から別のパンで蓋をする。パン型も魚の形など多種多様のようで、なかなかに凝っている。

 このような、かなり手の込んだ、複雑な料理である。しかも記録者の記述も錯綜しているところがあり、料理の手順がうまくフォローできない部分もある。逆に考えると、それだけこの料理は単純なものではなかたという訳である。

 

「3枚目のレシピ粘土板」
古代バビロニア時代のレシピ:粘土板(紀元前1750頃)

結びに

 古代の料理と聞くと、洗練されてないとか、単純に焼いたり煮たりしただけのように思われているかもしれないが、実際はそのようなことはなく、非常に複雑で手の込んだ料理が行われていたことが分かる。よって、こうした古代からの過程をへて、現代に至った、いわゆる「モダン・キュイジーヌ」というものは、複雑化させようとするより、むしろ不要な要素を料理から削ぎ落して、より洗練することが極められてきたのではないかと思う。

 外国人が寿司を見ると、シンプルで手のかかっていない料理と思う場合があるが、実はその逆で、気の遠くなるような下処理が行われたうえで寿司は握られている。現代の一流シェフたちの仕事のほとんどは、こうした見えない部分での徹底的な仕事であり、そうした仕事が結晶化したものとして、皿のうえに料理が結実するのである。

 古代料理のレシピを見ると、こうした仕事が連綿として現代まで行われてきたことに対する深い感慨を感じる。そしてこうした仕事は人が美味に対する惜しみない深い探求を続けてきたことの証でもあるのだ。