ミタイコス(英語:Mithaecus ギリシャ古語: Μίθαικος)は、紀元前5世紀後半の古代ギリシャの料理人であり料理書を記した人物である。ミタイコスは、ギリシャの植民地であったシシリア島のシラクサが出身地であるが、この当時のシラクサは非常に発展していた都市であり、料理においても先進的な場所であったようである。シシリアの料理人が裕福なギリシャ人に召し抱えられていたようで、ギリシャに料理の面で与えた影響は大きい。

 そのことは、同じシシリアのジェーラ出身のアルケストラトスが100年程後に、料理書を記したことからも、この地域の料理のレベルが高かったことが分かるだろう。

 ミタイコスはプラトンの『ゴルギアス』の中でも言及されている。医療=技術、料理=経験としての理論が語られている文脈のなかで、パン職人(Thearion)とワイン商人(Thearion)と並んで料理書の筆者としてミタイコスが挙げられている。この当時、ミタイコスが著名であったことには間違いないといえるだろう。
 またテュロスのマクシモスが記した『Dissertations』の中では、ミタイコスはスパルタに居たのだが、去るようにと命じられスパルタを去った事が述べられている。

 ミタイコスが記した料理書の内容の大部分は失われており、残念ながらひとつのレシピしか残されていない。そのレシピは、アテナイオスの記した『食卓の賢人たち』 (Deipnosophistae) で引用されており、それが唯一、後代に残されることになった。そのレシピを以下引用する。

The deipnosophists:食卓の賢人たち

The most beloved Tainia, which are thin, But highly flavour’d, and need little fire. And Mithaecus, in his CookeryBook, says-” Having taken out the entrails of the tainia, and cut off its head, and washed it, and having cut it into slices, sprinkle over it cheese and oil.” But this fish is found in the greatest number and in the finest condition off Canopus, which is near Alexandria; and also off Seleucia, which is close to Antioch.
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【 訳文 】
 細いが味わいの良いアカタチウオは非常に人気がある。ミタイコスはその料理書のなかで「内臓を取り出し、頭を落として洗ってから、身をスライスして、オリーブオイルとチーズを振りかける」と記している。
 この魚はアレクサンドリアの近くにあるカノープス沖で良く獲れる。またアンティオキアの近くにあるセレウキアでも獲れる。

 ここでミタイコスが述べている魚は翻訳上「アカタチウオ」としているが、日本にはいない種類の魚で、学術名は「Cepola macrophthalma」というのが正しい名称である。赤みを帯びた細長い魚であり、体半分を砂に埋め、頭を出して餌を食べる。

 ミタイコスが言及している魚(Tainia)が「Cepola macrophthalma」であることは『Food in the ancient world from A to Z』 のなかでAndrew Dalby :(アンドリュー・ダルビーは言語学者で翻訳家、また古代料理に関する書籍を多数著している) によって説明されている。さらにアンドリュー・ダルビーは、同書のなかで、この魚は、今ではいくつかの国(イタリア、スペインなど)では消費されてはいるが、他の国(ギリシャなど)では、あまり消費されていない為に捕獲されても雑魚として捨てられているとも説明してある。

 

「Cepola macrophthalma:アカタチウオ」

 

 さて改めてレシピに注目すると、ミタイコスのレシピは非常にシンプルである。料理は現代のカルパッチョに近いものに思える。塩がかかっていないが、チーズの塩味がその役割を果たしているのかもしれない。
 ただこのチーズを使った料理に関して、後のギリシャの料理書を著したアルケストラトスは批判的に捉えている。これは次のアルケストラトスの書のところで言及することとする。

 いずれにせよ、古代ギリシャ料理は非常にシンプルで、素材の持ち味を生かそうとする料理であった。先に述べたメソポタミアの粘土板に記されていたレシピを比較してもらいたい。この時代から、さらに1200年も昔に遡る料理であるが、非常に複雑で手が込んでいる。

 ミタイコスのようなシンプルな料理は、シシリアを中心としたエリアを特徴づけるものだったのかもしれない。(ミタイコスの郷里であるシラクサから、アルケストラトスの郷里のジェーラまでは、車で2時間ぐらいである)こうした土壌が、次の料理書の著者であるアルケストラトスにへとつながったものと考えられる。