『アピシウス』De re coquinaria とは西暦4~5世紀の間に書かれた古代ローマ・ローマ帝国時代の調理法・料理のレシピを集めた料理書籍である。ローマ時代にグルメとして知られたマルクス・ガビウス・アピシウス(2番目のアピシウス)によって書かれたとされていたが、実際は複数の著者によって書かれている。

 

『アピシウス』De re coquinaria

 

 澁澤龍彦の『華やかな食物誌』には、4人のアピシウスがいた事が記されている。澁澤はこの4人が一族関係にあったというように説明しているが、これはコグノーメンと呼ばれる氏族名がアピシウスで共通している為であると思われる。しかし実際は、この4人全員に血縁関係があるとも言えないようである。

 

1番目のアピシウス

 まず最初は紀元前1世紀(正確には紀元前90年頃)に、やはりグルメかつ奢侈家として知られたアピシウスである。このアピシウスに関しては特にエピソードは伝わっていない。ただ2番目の「マルクス・ガビウス・アピシウス」が、この一番目のアピシウスにあやかってアピシウスと名乗ることにしたところから、逆算的に一番目のアピシウスがいた事が明らかになっている。つまりここには親族関係は無い事を意味するので、澁澤龍彦の説明に対する修正が必要かもしれない。

 

2番目のアピシウス 

 2番目のアピシウスは、先ほど名前を挙げた「マルクス・ガビウス・アピシウス:Marcus Gavius Apicius」である。ティベリウス帝(在位:紀元14年9月18日 – 紀元37年3月16日)の時代を生きた人であるので、西暦前~西暦の両方の1世紀間を生きた人である。このアピシウスは多くの美食のエピソードが残されている。

 アフリカの海老が大きいと聞いて、それを手に入れるために地中海を航海してアフリカの海岸に近づくと、船に漁師がもってきた海老を見て、その海老が自分の地元よりも大きいものがないのであることが分かると、陸地には見向きもせずそのまま同じ航路をまっすぐイタリアめざして帰ったという話が残されている。
 このエピソードは西暦2世紀にアテナイオスの『食卓の賢人たち:The deipnosophists』の、このリンク先に書かれている。この事からも、このアピシウスがその前の西暦1世紀頃の人物であることが証される。

 またこのアピシウスは美食の為の膨大な金を費やしていたが、自分の財産が1千万セステルティウスしか残されていなことを知ると、もう昔のような贅沢な食事を行うことが出来なくなったとして、友人を集めて最後の晩餐を行い、その席で自ら毒をあおいで自殺してしまう。この1千万セステルティウスがどれくらいの価値があるかと言うと、紀元1世紀初めごろの平均的な軍団兵は年俸として900セステルティウスを受け取っていたとある。よって普通の人の10000倍の財産がまだ残っていた事になる
 2番目の人物が料理書『アピシウス』の著者とされていたが、実際は彼がひとりで書いたものではない。ただ、このアピシウスは多くのレシピを残しているので、そうした断片が料理書『アピシウス』には含まれていると考えるべきだろう。

 

3番目のアピシウス 

 3番目のアピシウスは「アピシウス・チェリウス:Apicius Caelius」である。彼が料理書『アピシウス』の大部分を書いた人物である。ある資料によると全体の3/5を彼が書いたとしてある。

 

『アピシウス』De re coquinaria
西暦9世紀の版

 9世紀の『アピシウス』の書籍表紙には「API CAE」とあるため、ルネッサンス期からはアピシウスという著者名はこの2つを組み合わせたふたりの人物の名前であるというような間違いが広がった。しかし、実際はもっと多くの複数の人々が記した部分が集められてひとつの書物を成しているというのが定説となっている。
 この3番目のアピシウスは、クラウディウス帝(在位:西暦41年1月24日 – 西暦54年10月13日)の饗宴の思い出を語っているので、この時代に生きた人物であることが分かる。

 

4番目のアピシウス 

 4番目のアピシウスはトラヤヌス帝(在位:西暦98年1月27日 – 西暦117年8月8日)の時代の人物である。このアピシウスはパルディアに遠征したトラヤヌス帝に牡蠣を送った人物として知られている。

 こうした4人が少なくとも『アピシウス』の成立には関係していると言えるのかもしれない。『アピシウス』は以下の10章で構成されている。

 Epimeles – The Housekeeper (家政学)
 Sarcoptes – Meats(肉)
 Cepuros – Foods from the garden(庭師)
 Pandecter – Various dishes(種々の材料)
 Ospreos – Leguminous plants(豆料理)
 Aeropetes – Birds(鳥料理)
 Polyteles – Lavish dishes(グルメ)
 Tetrapus – Quadrupeds(四つ足獣)
 Thalassa – Sea creatures(海鮮料理)
 Halieus – Fish (漁師)

 アピシウスには468例の料理が掲載されているが、そのほとんどでガムルという魚醤が使用されている。傾向としては素材の持ち味を生かすという方法よりは、味を足してゆくというイメージである。アピシウスは手の込んだ料理法を数多く残しているので、素材よりはむしろ料理法・調味に重きを置いているとされてる。その幾つかを紹介する。

 

ウナギ

 ウナギはローマ時代でも食べられており、愛好されていた食材であった。『アピシウス』には、うなぎのソースについて「胡椒、ラヴィジ、セロリの種子、シリア産スマックの実、ジェリコ産ナツメヤシなどの香辛料を細かく砕き、蜜柑、酢、魚醤、オリーブオイル、マスタード、濃厚な葡萄液などを混ぜて、とろ火で煮る」というかなりの数の材料で作る手の込んだレシピを伝えている。
 ただしこの味はスパイスの味と、魚醤の塩気と、蜂蜜の甘さで構成されているので、日本の蒲焼に山椒をかけたタレの味と同じようなものであったのかもしれない。

マグロ 

 マグロの料理に関しても、マグロの成長過程によって異なるソースを合わせる方法を『アピシウス』は伝えている。
 コルドゥラ(マグロの幼魚)には「胡椒、ラヴィジ、セロリの種子、ハッカ、ヘンルーダ、ナツメヤシを細かく砕き、蜂蜜、酢、ワイン、オリーブオイルを加えて煮たソース」が合うとしている。
 またペラミュス(マグロの成長途中)には「胡椒、ラヴィジ、セロリの種子、ハッカ、ヘンルーダ、ナツメヤシを細かく砕き、蜂蜜、酢、ワイン、オリーブオイルにクミン、ヘーゼルナッツ、マスタードを加えて煮たソース」が合うとしている。
 最後にテュンノス(マグロ)には「ナツメヤシの代わりに干しブドウを使い、魚醤と澱粉を加えると良い」と述べている。
 このようにマグロの成長過程によって、複雑で手のかかったソースを使い分けていたようである。

ウニ

 ウニの料理法を『アピシウス』は伝えている。
「ウニを熱湯に入れて煮たのち、キャセロール(平鍋)に並べて、胡椒を、蜂蜜、魚醤、オリーブオイルを少々、鶏卵を加えてもう一度煮込み、胡椒をかけて食べる」とある。これでは手がかかり過ぎていて、ウニの風味は完全に飛んでしまっているのではないだろうか。

 先にアルケストラトスの料理について述べたが、アピシウスの料理はこれと非常に対照的である。アプローチの仕方は、アルケストラトスは日本料理に近く、アピシウスは古典的フランス料理に近いと言えるだろう。

 

アピシウスの料理本

以下のリンクからアピシウスの料理書「Apicius de re Coquinaria」(英語版)を読むことが出来る。

Apicius de re Coquinaria(テキスト)

Apicius de re Coquinaria(画像)