『美味求真』とは、貴族院議員、衆議院議員を務め、美食家としても知られた木下謙次郎が、1925年(大正14年)1月に啓成社から出した著書である。発売当時はベストセラーとして広く浸透していたようであるが、それから90年以上を経た現代では、文語体文章は理解しずらく、あまり読まれる機会が無くなっている。

しかしながら、そこに含まれる食文化に対する考察には、現代にも通用する鋭い洞察と、深い知識に裏打ちされた含蓄が含まれている。また、ここで語られている「食」についての情報は、流行や一時的にもてはやされた料理に関する知識やレシピではない。むしろそこでは哲学や文学や歴史、および科学について語られており、時代の変遷に左右されることも、かつ色あせる事もない、高い価値のある知識が語られている。

 

『美味求真』 木下謙次郎 著

 

 『美味求真』のサイトは、この本を読みやすく現代語化し、さらにそこに註釈を付すことで、より理解しやすいようにしたものである。こうした情報により食文化への理解と、「食」に対する知識を深めて頂ければ幸甚である。

 

解 説

現代語訳および註釈  河田容英
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 『美味求真』は博覧強記の書であると言われている。ここに記載されている和漢洋の「食」に関する広範な知識は驚嘆すべきものがあり、現代でも多くの美食家にとっての必読の書として読まれるべき内容と硬度を兼ね備えていると考えている。袁枚えんばいの記した『随園食単』や、ブリア=サヴァランの『美味礼讃』を読んだ方であれば、 木下謙次郎 の『美味求真』がそれに匹敵するほどの内容を有していることに気づかされれるに違いない。

 『美味求真』は、今から90年以上も前( ※1925年発行 )に出版された本である。しかし、これだけの時代の変遷を経ても、そこに記されている内容の価値は少しも低下していない。なぜならそこで語られていることは「食」を中心とした哲学であり、また文化だからである。また木下謙次郎をしてこれらを書かせた知識のバックグラウンドには中国思想の知の体系が存在している。もちろん日本古来の歴史や文化および思想、また西洋の文献や歴史もふんだんに盛り込まれているのではあるが、 木下謙次郎 の漢文および中国思想への造詣の深さには特に舌を巻く部分が多い。

 実際、日本料理の世界は、その根底に中国思想の大きな影響の痕跡を各所に見ることができる。 その思想的な背景に陰陽五行説が存在しており、我々日本人は無意識のうちにそれをごく自然なものとして受け入れているのである。 例えば日本料理では器のセットは三、五、七というように奇数で揃えられてるがこれは奇数が陽数であり、日本料理がシンメトリー(非対称)を重んじるためである。 また、鮪やサバやブリのような青魚を刺身にする際には平造りといって包丁の陽の面を使って切る、よってバランスを取るために四角い陰の皿に盛られる。一方、ヒラメや河豚のような白身魚は薄造りにする際は包丁の陰の面を使って調理する、よってバランスを取るために丸い皿に盛られることになっている。 面白いことに現代でもスーパーマーケットに並べられているプラスチックのトレイ皿のようなものまでもが、必ずこの通りの盛り方になっている。 四角いトレイ皿と丸いトレイ皿があり、それぞれの種類の刺身が陰陽分けられて、該当するトレイに盛られるのである。丸皿も角皿も無くして統一した同じトレイにした方が合理的ではあるはずだが、それに従わないと我々日本人は何だか違和感を感じるのであろう。このようなコードのようなものが我々の文化の中には自然に埋め込まれていて、その先の根本には中国思想があるという訳なのである。

 今回『美味求真』を現代語にする過程において、中国思想の知の体系や、その知のシステマテックさとその深さに改めて気づかされる事になった。こうした点を註釈の部分で明らかにしながら『美味求真』という書物に対する理解を深めて頂く機会を読者にも提供できればと考えている。 またこのサイトにおいて『美味求真』本書を大きく超える分量で、註釈を付するようにした。 これは博覧強記の書である『美味求真』に対して、その上から、私なりの博覧強記で上塗りするという試みである。 これは確かに大変な作業であるが、様々な原典や資料を取集するという点では、過去の研究者に比べても格段の利便性が現代のインターネット時代に生きる我々にはある。実際に大量の知や情報がインターネットには包含されており、こうした情報アーカイブスは年々充実してきている。

 こうした大量の文献、あるいは出典先の原典をあたり、そこから自分なりの考えや思考を導き出すというプロセスは非常にスリリングであった。現代仮名遣いの『美味求真』および、註釈を通して、読者もこうした「知」に積極的に触れるための門口としていただければと切に願うところである。

 『美味求真』は再び我々が「食」の本質に立ち返り、至味とは何かを追求し、そこに到達するための手引きとして役立てることができるだろう。これが書かれた当時とは食に関するバックグランドや味の嗜好は異なっているには違いないが、本質においては我々は何ら異なることのないものをこの本から知覚できるに違いない。あらためて『美味求真』が多くの人に読まれ、理解されることを心から願う。


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