南蛮漬

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南蛮漬とは?


南蛮漬とは揚げた小魚を、トウガラシやネギのみじん切りを加えた二杯酢または三杯酢などの甘酢に漬け込んでつくられる料理である。日本では室町末から江戸初期にかけて来航したポルトガルやスペインのことを南蛮(Southern Barbarians)と呼んだ。この料理にこうした名前が付けられていることからも、南蛮漬という料理が大航海時代のポルトガルやスペイン由来のものであることが分かる。

南蛮漬

鯵の南蛮漬



南蛮料理とは

ポルトガルやスペイン由来の料理には南蛮の名前が付いている。またネギ、唐辛子、南瓜、トウモロコシなどの野菜そものものが南蛮と呼ばれることもある。よってこうした野菜が使われている料理にも南蛮と名前が付けられることになる。例えば鴨南蛮はその代表的なもので、蕎麦に鴨肉とネギか使われていることから南蛮の名がついている。

鴨南蛮

鴨南蛮


そのことを国学者の喜多村信節は1830年に出版された『嬉遊笑覧』で以下のように説明している。

【 嬉遊笑覧 】
葱を入るるを南蛮と云ひ、鴨を加えてかもなんばんと呼ぶ


ネギが入っているので南蛮と呼ぶとのだという説明があり、この料理が鴨南蛮と名付けられていることの由来を示している。しかしさらに続けて喜多村信節は次のようにも記している。

【 嬉遊笑覧 】
「昔より異風なるものを南蛮と云ふによれりこれ又志つぽくの變じたるなり。


このように異国風のものを南蛮と呼ぶのだと記している。そもそも南蛮とはスペイン・ポルトガルのことを意味する言葉である。また異国風とあるようにこれらの国から南蛮漬がもたらされたものであることは明白である。さらに喜多村信節は卓袱(志つぽく)料理との関連性も指摘しており、これが南蛮貿易の窓口であった長崎に由来する料理であることも示唆している。

『紅毛雑話』(1787年序)には、コテレットという、胡椒をした鶏肉に卯の花、ネギを使う料理が掲載されているが、紅毛というのはオランダのことであり南蛮とはニュアンスが異なる。これはキリスト教宣教の禁止によりスペインやポルトガルとの貿易が廃され、その後、オランダとの貿易が長崎の出島でのみ行われるようになったからである。
しかしこの料理レシピでもネギが用いられており、異国のという要素と「ネギ」を用いることが深く関係していることがうかがえるようになっている。こうした事例からも、南蛮料理とはネギが使われていること、あるいは異国由来のスタイルであることを示すものだったといえるのである。


南蛮漬の起源

南蛮漬は、当時では珍しくネギ、トウガラシを香味づけに用いたり、油で揚げたりするなど新しい手法が用いられた料理であった。また南蛮漬は酢に漬け込むので保存の面からも優れた調理法である。さらに南蛮漬で用いられる小アジ、イワシ、ワカサギなどの小魚は長く漬け込めば骨まで食べることが出来たので、小魚であっても一匹を余さずに食べることが出来るというメリットもあった。

こうした南蛮漬の原型は、 エスカベシュ (escabeche)と呼ばれ地中海沿岸の国々で供されている料理である。これは魚のから揚げを酢漬けにしたマリネの一種の料理で、 天麩羅 と同様に大航海時代にスペイン・ポルトガルから宣教師や貿易商人によって日本に伝えられ定着することになった。

エスカベシュ(escabeche)

エスカベシュ(escabeche)


しかし南蛮漬のルーツであるエスカベシュもまた、そもそもがスペイン・ポルトガルではない別の場所で産まれた料理だった。実はスペイン・ポルトガルで食べられていたエスカベシュ(エスカペーチェ)はペルシアを起源とする料理なのである。エスカベシュはムーア人(北西アフリカのイスラム教教徒の呼称で主にベルベル人)がイベリア半島に侵攻したことによってこの地域にもたらした料理だったと考えられている。

エスカベシュ(escabeche)は、甘酸っぱいソースで作る肉料理のシクバージ(sikbāj)に由来するとされている。シクバージはもともと肉料理であったが、これがやがて魚料理にへと変わっていったのである。シクバージは中央ペルシアの方言で、酢を意味する「sik」とシチューやブロード(stew, brodo)を意味する「baj」から付けられたと10世紀の料理書『Kitab al-Tabikh』(キターブ・アッ=タビーハ)に説明されている。つまりこの料理は酢で肉を煮た料理であった。

シクバージ(sikbāj)

シクバージ(sikbāj)


このようなシクバージ(sikbāj)の味の構成は、その後のエスカベシュ(escabeche)や南蛮漬と同じで、しかもシクバージ(sikbāj)は出来立てを直ぐに食べる料理ではなく、冷ましてから食べる料理であった。これはエスカベシュや南蛮漬が、漬け込んでから熱することなしに食べられているのと同様であると言えるだろう。

南蛮漬のルーツとなる料理の、天麩羅エスカベシュ(escabeche) および シクバージ(sikbāj)に関する詳細は、各項目で説明してあるのでぜひ参考にして頂きたい。


さいごに

南蛮漬は日本料理のように思われているかもしれないが、実際は中東で産まれ、それがヨーロッパに伝わり、やがては日本に定着した料理である。数百年の時代を経て、料理がどのように変化しながらそれぞれの国や地域に伝えられ食文化として根付いていったかの過程を知ることは非常に興味深いことであるだけでなく、料理の「魂」がどこにあるのかを理解することの助けにもなるはずである。

こうした源流となる料理に今回はシクバージがあることを説明したが、この料理はさまざまに変化して世界中で食べられている。イギリスの国民食のように言われているフィッシュ・アンド・チップスもまた辿ればシクバージをその祖先とする料理なのである。フィッシュ・アンド・チップスは食べる時にモルト・ヴィネガーをジャブジャブとかけてから食べるのだが、こうした酸味との合わせ方も突き詰めるとシクバージが酢で煮る料理だったことにも繋がってゆくのであろう。

南蛮漬もこうした世界に存在するさまざまな地域のシクバージの一亜種として、現代の日本人に食べられているというのは興味深い事実である。そしてこれは単に興味深い話であるだけに留まらず、室町時代の日本が世界とどのような関係にあったのか別の角度から光を当てる歴史的な研究のきっかけにもなる深さをも有している。

このサイト「美味求真」では単に「食」についての情報ではなく、このような深さを有する「食」に関する視点を提供することが出来ればと考えている。ただ食べるだけでなく、自身の食べているものがどのようにしてここまでたどり着いたかを考えると意外な事実が分かってくるので大変に面白い。「食」とは実に奥深いものなのである。







参考資料


『ペルシャ王は「天ぷら」がお好き?』  ダン・ジュラフスキー 著 小野木明恵 訳

『The Language of Food:A Linguist Reads the Menu』  Dan Jurafsky

『天麩羅』  河田容英

『シクバージ(sikbāj)』  河田容英

『フィッシュ & チップス』  河田容英